❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第5章 掌中の珠 後編
ぎゅっと口をヘの字にして訴えかけて来る光鴇の視線が胸に刺さるとばかりに小さく呻くと、凪が困り顔を浮かべた。
「というか鴇をだしに使って、父上が母上と共に入りたいだけなのでは……?」
そんな己の両親と弟のやり取りを目の当たりにし、光臣がぼそりと思った事を零す。幸いにも弟からの眼差しから逃れるのに必死な母には聞こえていなかったようだが、曰く地獄耳だと自称する父にはしっかり届いていたらしい。
「どうした、臣。何か言いたい事があるようだが」
「いえ何も」
わざわざ問い返さずとも分かっているくせに、敢えて訊いてくるのが父のやり口である。首を緩く振って何事もないとばかりに誤魔化した光臣が、母を援護する事はどうやら難しそうだ。何故なら我が明智家のパワーバランスはある意味圧倒的に父へ傾いているのだから。
「一人で入るというならそれを止めはしないが、お前の事だ。気まずくなり、寛げないのではと思ってな」
「気まずくなるって……何でですか?」
長男がやや半眼を送っていると承知の上で、光秀はまったく気にした様子もなく飄々と別の話題へ切り替える。相変わらず凪の正面には目をうるうるとさせた幼子が居て、時折光秀がその小さな頭をぽん、と撫でた。怪訝な様で首を傾げる彼女から一度目を外し、光秀が窓の外に広がる露天風呂へ視線を流す。つられるようにして顔ごと意識を凪が向けたと同時、さも彼女を気遣っていると言わんばかりに男が続けた。
「ここからだと湯殿がはっきり見える。争いの無い平和な世とはいえ、無防備な姿をしている可愛いお前に何かあっては事だろう?」
「そ、そんな温泉宿に危険人物が入ってくるなんて、滅多な事じゃ……」
「常に己が身の傍に危険あり、とあちらで学んだのではなかったのか?」
「つねにおのが……とあちらでなかったのか?」
「え、なんだろう、この突然乱世の教訓を知らしめられてる展開……」