❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第2章 武将と五百年後ノープランツアー 後
よくよく見れば二人共耳朶がほんのり赤く染まっていて、声色も常より硬かった。大きな猫目を瞬かせる凪が、ひとまず傍に立っていた兼続の顔を覗き込むようにすると、ゆらゆら揺れる剣呑な藤の眸で射抜かれ、やがて唸るように紡がれる。
「噛みつかれたいのか、お前は」
「何故…!?」
「………はぁー……………」
(今まで聞いた事無いくらい深い溜息!?)
隙間から仄かに覗いた八重歯が、言葉にリアリティを持たせる。脈絡も無く告げられたそれへぎょっとする凪に対し、今度は薄い瞼の裏へ藤の眸を隠した兼続が、過去最大と思わしき深々とした溜息を漏らす。これまで兼続には幾度か溜息をつかれた事があるものの、ここまで長いのは初めての事だ。
瞼を伏せて視界を閉ざした兼続は、いっそ頭痛すらする気がして胸下で静かに腕を組み直す。視界を開いてしまえば、目映くも逸らせない光景が惜しげも無く入って来て、己の理性をこれでもかと試して来る。けれども、目にしてしまったものは、そう容易に消え去ってくれそうにもなかった。
(光秀殿は何故凪のあんな姿を赦している?寵姫ではないのか)
そんな疑問が湧き上がるのも致し方ない事である。そっと瞼を持ち上げれば、傍では凪が不思議そうに兼続を見上げていて、正直勘弁してくれと声を漏らしそうになったが、彼女に妙な誤解を与える訳にはいかないと、兼続は己を律した。
「既に大方用意は終えている。お前はせいぜい海で足を攣らないよう、身体でも解していろ」
「攣る程泳がないと思うので大丈夫ですよ。でも、心配してくれてありがとうございます」
「ああ」
視線が重なり、凪が笑む。中々飼い慣らす事の出来ない忙しない感情を無理矢理押し込め、兼続は努めて平坦な相槌を打つ。特に手伝う事がないと言われ、視線を巡らせた先に居た家康の姿に凪が近付いて行くと、彼が手にしているカバンの中へ収められているものを見て、凪が声をかけた。
「あ、それね、膨らませるの」
「!?」