第1章 空虚
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発展していくかつて江戸だったここはどれほど眺めたことか。
この国は豊かになり、いつしか侍のおらぬ世となった。
淡く春風漂うある夜、懐かしい笛の音が聞こえた。
その唄を聞いたのは、まだ私が人間だった頃か。
近頃、腕の中で血塗れた女が微睡に映る。
あの唄は、いつ聞いた唄だったか.....。
人の心は遠に捨てた。
全てを捨てて、仲間を、当主を裏切り鬼になった。
良き日の思い出など捨て去り、覚えておらぬ。
なのに何故........。
高い時計台の影から、黒い瓦屋根の海のような住宅街を見下ろす。
そこに見えたのは、私の髪色に似た幼子が屋根で笛を吹く姿。
心做しか、微睡みの中に見た女を思い出す。
何かが脳離に軋むが、目が離せずずっとその背を見ていた。
その幼女を記憶に留めておこうと思った。
何故かは知らぬ。
そうしたいと思っただけ。
他意はない。