第6章 夢遊病
廃屋が立ち並ぶ最奥の大きな古い屋敷から、人影が一つ。
男の顔には三対六つの目と月の痣。
口元には拭ききれていない鮮血がだらりと垂れ、出てきた屋敷に、滅の黒隊服を着た胴体や手足が二人分食い荒らされた形跡がある。
物音に気付き木戸を開ければ、赤茶の着物を召した女が倒れていた。
”獲物が自ら歩いてきたのか”
まだ、鬼心の高ぶりを抑えきれない男は乱雑にうつ伏せに倒れている女を足で表を向かせる。
「…!!」
「なぜ…、ここへ…」
顔を見て正気に戻る。
薄着の女は、男鬼が逢いたいと思いながらも逢いに行けなかった女だと気づくと、六つあった目はすぅと人らしい一対の目になる。
「千鶴…千鶴…」
揺さぶっても、名を呼んでも反応はない。
力なく揺さぶられる体、己と同じ痣はなぜか消え失せている。
何より女から感じる体温は氷のように冷たく、前に触れた時に感じた体温は感じられない。
慌てて呼吸の音を聞くと微かに息があり、脈もある。
「なぜ、こうなるまで…。すまぬ…。」
壊れてしまわぬよう、しかし、強く包み込むように女を抱き寄せる。
急いで屋敷の離れに女を運び、囲炉裏の後に火をくべ、手あたり次第屋敷に残されていた布団をかき集め、女に着せた。
自らも着替え、女が驚かないよう急いで屋敷内を整える。
一通り済ませて、女が眠る部屋に来れば、
女は先ほどよりも安らかな顔になり、呼吸も安定してきたようだった。
柔肌の頬を指の背で撫でると、表情が緩くなったように思う。
男は何度か女の輪郭をなぞっていると、女の目じりに涙が溜まるのが分かった。
「私は…ここにいる…。今まで、逢いに行けず、申し訳なかった…。」
拭っても拭ってもはらはらと零れ落ちる涙に胸が締め付けられる気がした。
「巌勝…様…」
男鬼は息をのんだ。
その人であった頃の名を己を覚えていないはずである女には教えていない。