第5章 秋影に時雨る心、声は見えぬ漣となりて
刀の騒動があった後、父·園十郎の笛はまだ懐にしまったままだった。
ここのところ園十郎は、酒を買いに行く以外は家にいることが多くなる。
酒も暴力も相変わらずであるが、一人の時の姿が何とも痛々しく、たまに啜り泣く声も聞こえてきた。
家で暴力をふるうようになってからは、千鶴に矛先が集中する所となってしまい、体の青痣や傷が増え始める。
門下生や華道の師範に心配かけまいと必死に頭部と指先は守り、今までしてきた通りに笑みも絶やさない。
家のことをする者がいなくなっても、家が荒れることのないよう、掃除や手入れを欠かすこともしない。
近所に住まう者も心配するほどの働きぶりにも関わらず彼女の体調は崩れることを知らなかった。
全ては父·園十郎の再起を願ってのこと。
このところの父の異変に気づいてはいながらも、声をかけることすら許されない。
一度声をかけたことがあるが、無言で蹴り飛ばされ部屋を追い出されてしまったのだ。
理由を話して欲しい
家族だから助け合いたい
今の状態が心配だ
どんな言葉で尋ねても答えの一片たりとも聞かせてはくれない。
その状況から己の不甲斐なさに打ちひしがれて、精神的に限界が見え始めていた。
痣はどういうわけか薄らいで、体温は人の微熱ほどにまで下がっている。
常人ならば倒れる程であろうそれは明らかに特異体質からなるものであろう。
そんな己の変化に気を回すことなく、
千鶴はただ、今までと様子が違う父の姿に嫌な予感を強く感じていた。
季節は移り変わり、晩秋の頃。
あの日以来、鬼狩りの話は見聞きしても、黒死牟の姿も声も気配すら感じることが出来なかった。