第4章 その女、現か幻か
千鶴の父、園十郎はそれからも、心の病は治るどころか、どんどん事態は悪化していった。暴力沙汰で警察に連行されていくことも増え、家のお金も使い込んでは彼女に隠れて借金もするようになっていった。
それを知ったのは、借入先のヤクザの人が家に乗り込んで来てからだった。
千鶴は、こんな状況に陥っても彼女を気遣って無給で働いてくれていた使用人の次の働き先を探してやり、千鶴が一人で稽古代を稼ぎながら家財を売り払ったりして父の借金を工面した。
そんなある日のこと。
父は血相を欠いて家に帰ってきた。
「お前は何てことをしたんだ!!なんであれを、今まで代々家で継いできたのか分かっているのか!!」
と。
前日、ある程度値打ちのしそうなものを纏めて質屋に入れてきたため、どれがいけなかったのかが解らなかった。
問うと「刀だ!!」と父が怒鳴り散らし、園十郎は顔が赤黒くなるほどに怒り狂う。
その迫力に気圧されて、勢いよく頭を畳に叩きつけた。
「申し訳ございません。しかし、借金を返す手段として、もうそれしか...。」
「今すぐ、取り戻せ!!あれは呪われた刀だ。”持ち主を探す刀”だ。我が家宝として奉る事であの刀は大人しくしていたのだぞ!!」
刀が大人しく
呪われた刀
そのような御伽噺じみた話は信じられないというのに、
その言葉が氷の矢が刺さるように背筋がゾクリとしたのはなぜだろうか。
思えば、我が家は代々芸事の家系であり、武士の家柄ではないというのに、受け継いだ楽器よりも刀を家宝としているのに疑問はあった。
そして、千鶴が刀を中心とする長細い棒を嫌がってからも、刀は納屋の奥中央で神器のように丁重に扱われていた。それが不思議だと思ったが、そもそも、今までその刀に命や気など感じた事すらない。
「父上、その呪いというのは、刀に意思が宿るというのはどういうことでございますか。」
「今までお前に話してこなかったが、アレが外に出たら危険だ!いいからすぐ取り返してこい。」
「しかし、返していただく分のお金はもう残っていません。」
「それでもだ。あれは人に危害を加えたこともあるものだぞ。私の笛でも売ってこい。」