第3章 痣の人
優しい母が亡くなったのはそれからしばらくだった。
葬儀が終わってから、父親も変わり果てて、酒に溺れ遊ぶようになる。
父親は美丈夫でもともと女の人に人気だったこともあって、女の人をよく連れ込むようになってしまった。
家の事はお手伝いさんに、家計はわたしがお稽古で稼いで、弟は早くから舞台に上げてもらうように伊勢谷さんの取り計らいで住み込み稽古をつけられることになった。
しかし、稽古で父が割って入ることもあり、よくしてくれた男性の門下生とわたしのことで取っ組み合いの喧嘩をすることも多くなり、わたしの身が危ないと、話しを聞きつけた華道の先生が住居も稽古部屋も貸してくれることになった。
それでも、父は目が覚めるどころか、みんな俺から離れていくと逆上するばかり。
世話をする程度に家に戻れば殴る蹴るなどの暴行に暴言を吐かれるようになり、父が酒を飲みに出かける隙を見計らいながら、家の事を世話したのだった。
そのような日が3年続いたある日。
家を出るのが遅くなり、久しぶりに屋根に上り笛を吹く。
夜風と、笛から溢れた音が、涙を促すようだった。
どうしてこんなになってしまったのだろう。
なぜ、母は死んでしまったのか...。
なぜ、父はわたしたちがいる事を忘れてしまったのか...。
とめどなく流れる涙が頬を撫でるように流れていく。
「久方ぶりに...。その笛の音を聞いた...。」
突然聞こえた成人した若い男の声が心の底を掬うように耳元に届いた。
何かにトンと揺さぶられたような心の奥からの揺さぶりを全身に感じた。
私に何かを思い出させるかのように
声の方を振り向けば、いつの間にか高貴な紫と黒の石畳模様の着物に袴を履いた男が片方の足を投げ出して座っていた。
「あなた......は?」
こんなに心臓が煩くて苦しいのはどうしてだろう。
正面を見ていた男の人は、ゆっくりとこちらを向いた。
整った顔立ちに漆黒の鴉のように艶やかな長髪はくくられて、赤黒い瞳の双眼がわたしを捉えて止まる。
「黒死牟....だ.....。」