第2章 滑落
全身が痛い。
だけど、滑落したはずなのに、感じる感触が清潔な布。
そして近くに誰かがいる。
ゆっくり目を開けると見慣れた天井。
頭の中で、これまでの記憶をたどった。
母に頼まれて、和尚さんのところへ御遣いにいって......。
記憶が戻ってくると
湯が沸く音と水を絞るような音に促されるように、ゆっくりと首を動かした。
「.......っ」
激痛に身悶えて苦悶の声を漏らす。しかめて閉じた目をこじ開けると、そこには母の姿があった。
声に反応して慌てた様子で母がこちらに来る。
「千鶴ちゃん!大丈夫?」
「母上...。」
「酷く怪我して運ばれてきたのよ?覚えてない?」
「足を滑らせたところは.....覚えています。」
そして、疑問に思ったことを口にした。
「母上、あの場にいらっしゃらなかったはずです。どうして、わたし、ここへ?」
「凄く背の高くて、あなたと同じ痣がある男の人があなたを運んできてくださったの。
手当てもしてくださったそうで...。」
同じ痣?
わたしのこの痣と?
二つの疑問を中心に様々な感情や分からない事が湧き上がった。
「痣の事、その方に聞いたのでございますか?わたしは何者な.....っ.....いたたたた...。」
「そう、慌てる気持ちは解るわ。でも、落ち着いて。わたしもいろいろ聞きたかったんだけど、怪我と熱が酷いから早めに医者に診てもらえと言い残されて、何も話さないで行ってしまったの。ちゃんとお礼も出来なかったのよ。」
この痣を持つたった一人の男の人がいると知れたのに
何も手掛かりがないという事実に落胆すると、
母はわたしを宥めるように寝かしつけた。
熱に魘されながら夢の中で見たものは
また同じ夢。
血濡れた女の人が、大きな男の人の腕に包まれて息絶えていく姿だった。
それが自分だと確信がついたのはなぜだか知らない。
だけど、血が流れている傷が自分の体で酷く痛んだのは確かだった。