第2章 物の怪と札師
ヂュッ
「ッッ」
傷口を吸い上げられ、ピリッとした痛みに小さく呻いた基兼。
「お前の血は美味だな。
もっと、欲しくなる……
私を化け物にする本能の血だよ」
(何を言って…)
「斎っ、冗談が過ぎるッ」
「冗談かどうかは、さて…次に考えよう…」
妖艶と赤い唇が弧を描く。
細められた眼は狐のように笑っている。
「好いているよ。基兼…」
唇が重なった。
触れた唇が傾いて、息の合間にもう一度重ねられた。
斎の接吻を受ける基兼は茫然と動けないまま。
平素から艶美。
男にしては細い線。
柳のように揺れる身のこなし。
妖艶と人を惑わす表情。
(斎は…人だ……)
けれど、人を獣にする妖か物の怪の質を持っているようだ。
今更ながら、気付いた。
斎の唇が離れ、
人差し指が唇をなぞって離れて行く…
その手を捉えた基兼は、再び、指先を唇に持って行く。
離さなければ、と思うのに、離し難い。
もっと、触れていたい。
(よく…わからない……)
己の気持ちもわからないのに
(その『好いている』の意味は何だ…)
斎の気持ちは更に判らない。
斎は基兼の傷口の血を吸うように再び唇を当て、舌を這わす。
斎の指先を己の唇に押し当てたままの基兼。
「斎……」
「お前には私の傍に居て欲しい」
(だったら、こんな事…)
『して欲しくなかった』
その言葉は発することが出来なかった。
「また…ね…」
金色の眼が細められ。
艶やかに笑われた。
暫くして、ハッ!と我に返った基兼が腕を見れば、開いていた傷は全く無くなっていて、
着物だけが破れていた。
基兼は怪我した場所を手で押さえ、
屋敷の外に眼をやった。
了