第10章 本編 第17章 海の見える丘に咲くミモザの木の下で君と
福沢が書類に眼を通していると、静かな空間に戸を叩く音がする
「社長、失礼します」
そして、一言断りをいれて入ってきたのは太宰であった、その姿を確認する様に福沢は書類から視線を外して目前に立った彼の方へと目を向けた
「先刻、敦君から健次郎君が目覚めたとの報告がありました」
「……そうか、」
大宰の報告に福沢は表情には見せないが、何処か安堵した様子だった、その表情を暫し見つめた後、彼は福沢へ向けて言葉を紡いだ
「どうしましょう、彼を此処へ連れてきましょうか」
「否、善い……未だ工合が善くないだろう、寝かせておけ」
「判りました、」
福沢の指示に頷いた大宰を呼ぶ彼は神妙な面持ちで太宰を見つめていた
「お前に尋ねたい事がある」
「何でしょう、」
福沢の言動を受け、太宰も彼を見つめ返すと改めて彼に向き直った
「……徳冨が時折、譫言のように呟き、呼んでいる作、とはーー"織田作之助"で相違ないか」
『ーーいつか……蘆花は天命の番に、彼の人に会う』
太宰はまるでそれを予言していたかの様に告げられた在りし日の織田の言葉が脳裏を過ると共に彼が言っていた話は本当だったのだと、福沢の言動で確証へと変わっていった
だが、勿論、決して太宰は織田を疑っていたわけではない
「御存知、だったのですね」
小さく呟いた太宰の言葉に福沢は暫しの間を空けて呟くように言葉を発した
「昔に、少々な……」
「……そうですか、」
何処か歯切れ悪く告げられたその言葉を最後に双方の間に沈黙が訪れた