第1章 本編 第2章 始まりは、
福沢が向けた先、其処に居たのはーー
水流の様に伸びた黒く長い髪、透き通る様に美しい純白の肌、すっと通った鼻筋、熟れた果実の様な唇が弧を描くと、柔らかい印象を与える様な美貌の持ち主だった
そして、身に纏っている服は下ろしたてのスーツなのか、目立った皺もなく整っており、スーツに見合うネクタイを付けていたため、顔の印象とは違い、硬派な印象だ
更に、髪と同系色のスーツから浮き出る身体の輪郭から、随分と華奢である事が窺え、身の丈も福沢の肩にも満たなかった
しかし、福沢はその人物が持っている何処か儚げで、深い悲しみや寂しげな影が宿った黒と茶色の淡い瞳に魅入られる
その人物は福沢に気が付き、見つめるーー視線が絡み合った
目が合った瞬間、福沢は僅かに目を見張らせると共に再び、手で胸を抑えた
そして、突如、顔を歪めて"何か"に堪えるように駆け出した
傍に控えていた秘書の春野は状況を理解し切れずに何度も呼ぶのを構わず、福沢は社長室へと急ぐ
室内へと避難した福沢は、鍵を掛けた扉に身を預けると共にそのまま力無く身体を引きずる様にしゃがみ込んだ
荒くなった息を整える様にゆっくりと、大きく呼吸を繰り返す
しかし、全力で走ったとは言えど、福沢は武道の達人だ
そう簡単に息を切らすものではない
理由は明白だった
ーー"先刻の人物にあてられたのだ"
それが証拠に福沢は高揚した気分を抑えきれず、額には汗が滲んでいた
頬も火照っており、息は未だ辛そうに弾んだままだ
しかし、福沢は不快に思っている訳では無かった
寧ろ、顔の一部を隠す様に覆われた手からは整った薄い唇が優しい形を作ってゆくのが垣間見えたのだったーー