第5章 本編 第12章 たえまなく過去へ押し戻されながら
ーーここは探偵社、社長室
社員から提出された書類に目を通していた福沢はふと、直感的に"何か"を感じ取った
「徳冨……か、」
確信出来るものではないが、何となく福沢は徳冨に呼ばれた気がしたのだ
ーーこれも天命の悪戯であろうか
この感覚を言葉にしろ、と言われても容易く出来ないだろう
何故なら、この感覚は福沢にしか、理解し難いことであろうからーー
福沢は居ても立っても居られず、書類を机の上へ戻すと席を外した
ーー
ーーー
ーーーー
社長室から探偵社事務所までものの数秒で辿り着くと迷うことなく扉を開けた
そして、辺りをくまなく見渡したが、そこには福沢の捜し人である徳冨の姿はなかった
「社長、如何なさいましたか?」
福沢が事務所へ来た事に逸早く気が付いたであろう国木田は事務作業の手を止め、立ち上がり、背筋を伸ばす
「徳冨を知らぬか」
「徳冨、ですか……?」
しかし、福沢の口からその人物の名が出てくるとは、予想外だったのだろう、目を丸くさせた国木田は首を捻りながら辺りを見回して確認するが、矢張その姿はない
「……申し訳ありませんが、俺には……おい、誰か徳冨を見た者は居るか?」
国木田は同じく事務作業に追われている谷崎、宮沢、中島に声を掛ける
しかし、徳冨を見た者は居ないようで全員が揃って首を横へと振った
そして、谷崎達は口を揃えて今日、探偵社へ訪れた客人、フィッツジェラルドが来て以来、姿を見ていないと告げる
ーーつまりは、あの時、福沢と少し話した後に探偵社を飛び出してからは徳冨を捜している彼を含め、誰もその姿を見ていないということになる
「……少し出る、もし、徳冨が帰って来れば、私に連絡を」
福沢は国木田に早口で捲し立て、簡易的に伝えると彼の返事を待たずに早々に社を出て行った
……そして、後に語られていたが、後にも先にも福沢があれほど早口だった事は無かったというーー