第52章 愛
処置に当たる藍沢の顔を見ると、いつもはいけ好かねえほど余裕で冷静な奴が、必死になって心マを繰り返している。
その表情が、絶望的だと言うことを表しているようで、俺は思わずミコトの手を握った。
「なあ…嘘だろ…?ミコト…
お前…今日、美味いもん作って待ってるって約束したじゃねえかよ」
だんだんと、現実を理解しつつある俺。
ミコトの手を握る手が震えて、一瞬ミコトが目覚めたのかと思ったが、震えていたのは俺の手だけだった。
萩原と同じ犯人に同じ方法でミコトまで奪われるのか…?
やっと、やっと萩原の仇を取れたって言うのに…
爆弾犯を捕まえ、法の裁きを受けさせられると言うのに…
「おいミコト!!っ…頼むから…」
一つも力が入っていないミコトの手を、折れるぐらいぎゅっと握った。
いつもなら、陣平くんいたいよー!と言いながら笑うミコト。
けれど今、その笑顔はどこにも無い。
「…開胸して大動脈を遮断して止血する。
メスくれ」
「はい」
ミコトの胸にメスが当てられた時、俺の目から涙が溢れる。
「お前に、愛してるって、まだ…言えてねえ」
流れた涙が地面に落ち、パタパタと音を鳴らす。
それと同時に絞り出すような声でそう呟いた。
どうしてだ。
萩原が死んだ時、あれほど後悔したのに。
大事なことは、生きてるうちにちゃんと伝えねえと一生後悔することになる。と。
なのに俺はまた、大切な言葉を伝えそびれたままミコトはいなくなっちまうのか?
ミコトはあんなに俺に伝えてくれていたのに。
そして俺にあれだけ「いなくならないで」と言っていたくせに、お前がどっか行くのかよ。
ふざけんな…
「お前がいない世界に俺がいる意味なんてねぇんだよぉっ!」
ミコトの手を全力で握りながら、俺の叫びが虚しく院内に響いた。