第38章 助けたかったのは
その藍沢先生の言葉に、わたしは思わず口を開いた。
「…慣れてるはずだったんです」
「え?」
「人が死ぬのなんて、慣れてるはずだった。
大切な人を3度も失った経験があるから。
慣れてた。慣れてたはずなのに…」
そう。
人の死なんて、今まで何度も見てきた。
タイムスリップする前は、お兄ちゃんが死んで、陣平くんが死んで、自分も後を追おうとした。
医者になって、救えなかった命もたくさんある。
そしてタイムスリップしたあとに、もう一度兄の死に触れた。
もう十分すぎるぐらい、人が死ぬのなんて慣れっこだった。
けど…
「3年前の今日、わたしの兄が亡くなりました。
警視庁の爆発物処理班だった兄は、さっきみたいに、爆弾に巻き込まれて。」
その言葉に、藍沢先生は目を見開いてわたしを見た。
「っ…だから、さっき…あの男性の手を握りながら何度もお兄ちゃんって叫ぶあの女性が、わたしに見えた…
あの、意識のない男性が、わたしの兄に見えた…っ…」
そこまで言うと、ポロポロと涙が溢れて止まらない。
今日が11月7日だから
巻き込まれたのが爆弾事件だから
どうしても、ダブって見えた
「わたしは、患者ではなく、兄を助けようとしたんです…もういないのに。3年も経ったのに…」
絞り出すようにそう言って、また涙が止めどなく流れてくる。
そんなわたしを、藍沢先生が両腕で優しく抱きしめた。
陣平くんとは違う男の人の匂いに、思わず身体がビクッと強張るけれど、そんなこと気にしてる心の余裕なんてなかった。
藍沢先生は、静かに続けた。
「前に、医者は無力だと言うことを自覚することが大事だと言ったな。
…確かにそうだ。
けれど俺たちは、助けられなかった命の数だけ、強くならないといけない。
医者には、下を向いてる時間はほとんどない。
だから、今は思いっきり泣け。」
「っ…」
尊敬する医者の言葉は、胸に響く。
強くならないといけない。
そう思いながら、きっと藍沢先生もいろんな局面を乗り越えて来たんだろう。
わたしには来るのだろうか。
ちゃんと全て受け入れて前に進める日が。
消化できていたと思っていた兄の死
けれど今日この日、わたしの心はまだ深い悲しみと混乱の中にいることを改めて再認識したのだった。
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