第38章 助けたかったのは
無事に建物から避難したわたしたち被災者は、近くの駐車場に集められ、軽傷者はその場で手当や事情聴取を受けていた。
重症患者は既に救急車で搬送され、藍沢先生はその救急隊員とのやり取りを全て1人で対応した。
わたしは、駐車場に設置された簡易ベンチに腰掛けて、警察や消防、救急隊員の人々が忙しなく動いているこの現場をぼんやりと眺めてた。
ふと自分の手を見ると、血がべっとりと着いて固まっている。
わたしが助けられなかったあの人の血だ。
その手をグッと握ると悔しさがまた込み上げてくる。
そんなわたしの隣に、スッと紙カップが差し出され、わたしは思わずそちらを見た。
「ほら。ホットコーヒー。貰ってきた」
「…ありがとうございます」
ひと段落した藍沢先生が、わたしにコーヒーを手渡しながら厳しい声で言った。
「もし、お前のあの行動のせいで助かるはずだった他の命が万が一助からなかったら、お前は訴訟起こされて医師免許剥奪。終わりだ。」
「…はい」
「たった一瞬の判断ミスが、患者の運命だけじゃなく自分の医師生命すら左右する。
よく覚えておけ。」
「…すみませんでした」
藍沢先生の言う通りだ。
わたしのあの行動は100%間違ってた。
助かる見込みのない、しかも、藍沢先生がちゃんとご家族に蘇生措置の中断の同意をもらっていた。
なのにわたしは…
俯くわたしに、藍沢先生はため息を吐いた。
「…初めてか。目の前で患者が死ぬのは」
「…」
「当たり前か。お前はまだ医者にすらなっていないからな。
助けられなくて、悔しい気持ちはわかる。
けどな、医者は救った患者より助けられず死なせる患者の方が多いんだ。
いずれ、慣れればいい。」