第38章 助けたかったのは
わたしも他の患者を診ようとその場を立ち去ろうとした時、その女性がぽつりと呟いた。
「…お兄ちゃん…今日は誕生日なのに…私の誕生日なのに…」
ふと、わたしの脳裏に浮かんだのは、昔家族に自分の誕生日をお祝いしてもらった時のことだった。
あの時は、父が経営していた工場が倒産して、極貧生活の中での誕生日だった。
ケーキを食べるのなんて久しぶりで、たった一切れのショートケーキを家族で5等分して食べようとした時
お兄ちゃんがわたしのお皿に自分の分を乗せてくれた。
自分だって、甘いもの好きなくせに。
もう1年以上もケーキ食べてなかったくせに。
今日はミコトの誕生日だろ?って、あの優しい顔で笑いながら。
「お…にいちゃん…」
今日は11月7日
わたしの目の前で、今まさに心臓が停止しようとしているこの男性が萩原研二に見えた。
そして、その前で何度もお兄ちゃんと叫ぶこの人が、自分に見えた。
その瞬間
わたしはその男性の胸部に手を当て、心臓マッサージを開始した。
トリアージを無視して、もう助かる見込みのない患者を優先する、医者としてあるまじき行為。
けれどわたしは、我を忘れたかのように夢中になって蘇生を試みた。
「っ…目を開けて…!目を開けて!!」
譫言のように繰り返しながら、何度もそう願った。
この人は、お兄ちゃんじゃないのに…
けれど、お兄ちゃんとダブって見えた。
お兄ちゃんも、3年前こうだったの?
爆発に巻き込まれて、少しの間は息をしてた…?
それとも一瞬で心臓が止まったの…?
もしもそこにわたしがいれば、助けられた…?
そんなもうどうしようもないことを繰り返しては、夢中になって心マを続けるわたし。