第38章 助けたかったのは
心マをしながら、藍沢先生がわたしに指示をした。
「萩原。瞳孔見てくれ」
「っ…散大してます…」
それは、この心臓マッサージを止めると、同時に心肺停止状態に陥ることを意味していた。
藍沢先生は、心マを続けながら静かに口を開いた。
「……妹さんですか?」
「はい…お兄ちゃんは…助かるんですよね!?」
「…お兄さんは、極めて危険な状態です。
本来なら、すぐに輸血をしながら開胸して、処置をしなければならない。
それでも助かる可能性は極めて低い。
加えてこの状況、レスキューや医療スタッフが来るまで後10分はかかる。
そして命の危険にいる人が他にもいる。
…そのため、蘇生措置を止め、助かる可能性の高い別の人の処置を優先したいと思っています」
「え…っ…ど、どうして?!
危険な状態なら、やめないでよ!」
「…申し訳ありません。万が一あと1分で救急車に乗せられたとしても、病院に着くまでにはもう…
蘇生措置を中断することに同意いただけますか」
「そんな…」
ポロポロと涙を流しながら、その女性は周りを見渡した。
その視界には、自分の兄と同じように苦しんでいる人達が大勢写ったのだろう。
意識を失っている兄を見て悔しそうに涙をこぼした後、絞り出すような声で言った。
「わかりました…もう、いいです」
「…すみません」
藍沢先生はゆっくりと心マを止めた。
一瞬見せた先生の悔しそうな表情が、蘇生は不可能だと物語っている。
女性は横たわるお兄さんに、縋るように抱きついた。
「お兄ちゃん…お兄ちゃん!!」
「…俺はあっちの患者を診てくる。
萩原は、黄色タグの患者で急変しそうな人がいないか見てきてくれ。」
「…はい…」
やりきれない。
けれど、医者は万能じゃない。
むしろ、非力だと思い知ることの方が多い。