第36章 疑惑の朝帰り
そんなことを安易に思いながら話を広げた。
「へぇ。じゃあ、お兄さんも遊びに来たりしてるのか」
「…いえ。兄は…亡くなりました。」
「…悪い。知らなくて」
わかりやすく地雷を踏んだ俺は、即座に頭を下げた。
そんな俺に、萩原は悲しそうに笑いながら続ける。
「いえ、…わたしが医者になることは、兄の願いだったんです。
だからわたしは、頑張って医者になって、その姿を兄が見守ってくれてると信じてます」
「…萩原は、医者に必要なことって何だと思う?」
思わずそんな問いが、口をついて出た。
まだ研修医にもなっていない、医師免許を持つかどうかすら分からない人間に何を聞いてるんだ俺は…
どうせ、
患者さんに寄り添う心です!とか
最後まで諦めずに目の前で苦しんでいる人を救うことです!
とか、そんな綺麗事を並べるんだろうと思ってた。
けれど萩原は少し考えた後こう言った。
「医者は、全知全能の神でも、どんな病も治せる賢者でもない。
医者は、自分が思っている以上に、無力だと。
自覚することだと思います」
俺の予想とはまるで反対のことを、そしてそれは俺が最近になってようやく実感し出したことを、萩原は答えにあげた。
「…やっぱり、お前は変わってるな」
けれど、どこか興味を引くそんな不思議な実習生だ。
変わってると言われた萩原は、そうかな…とブツブツ言いながらも、俺の向かいの席に座ってカルテ整理を始めた。