第36章 疑惑の朝帰り
藍沢side
急患のオペは無事に終わった。
今夜はいつもの当直よりもバタバタしているな…
カルテ整理に報告書の作成、さらには実習生や研修医の報告書のチェックも全然終わっていない。
医者になって驚いたのが書類書きの多さだ。
単純に診察やオペをしている時間と同じぐらい、書類と睨めっこしている時間が多い気がする。
溜まった書類の処理を朝が来るまでに済ませなければ。と、俺は足早にオペ室を出て医局へと戻った。
さすがに、萩原はもう帰っただろう。
終電はとっくに過ぎているし、テキストを取りに来ただけと言っていたし。
そう思いながら医局のドアを開けて中に入ると、机に突っ伏したまますやすやと眠る萩原がいた。
「…おい。萩原」
「ん…藍沢先生…?」
揺さぶると、眠そうな目を擦りながらむく…と身体を起こした萩原。
「お前…帰れって言ったのに」
「…やば。終電…!」
「とっくに過ぎた。」
時刻は深夜1時を回っている。
始発は朝の5時。
つまり4時間ここで暇を潰すことが確定した萩原は、あっけらかんと笑った。
「うわー……まぁいっか。
明日お休みだし、手伝います。
書類の整理もありますよね?」
「…家族は。心配しないのか?
一晩帰らなくて」
「大丈夫です。実習って知ってるし、それに彼も忙しいからもしかしたら今日帰ってこないかも」
てっきり、家族とは父親、母親を指して話していた俺だが、萩原が思い浮かべていた人物は違うらしい。
「彼?」
「あ、同棲してるんです。わたし」
「…あぁ。たしかあの時あんたを連れて帰ったあの…黒いスーツ、黒ネクタイの…」
「はい!わたしの兄の友人で…初恋の人なんです」
萩原は、幸せそうに笑った。
初恋の人と今恋人同士とは、まるでドラマみたいだな。