第36章 疑惑の朝帰り
10分後
「すぴー…すぴー…」
カルテファイルの山の向こう側から間抜けな寝息が聞こえて来て、そちらに目をやると、萩原は限界が来たようでペンを握ったまま机に突っ伏して眠っていた。
「手伝うって言ったくせに…」
そんな憎まれ口を叩きながらも、一緒にこんな時間まで手伝ってくれたことに少なからず恩を感じた俺は、萩原を抱き上げて医局の仮眠ベッドの上に運んだ。
抱き上げる時、ふわりといい匂いがして思わずクラクラしたけれど、すぐに我に返る。
「疲れてるな…俺」
ふぅ…とため息を吐きながら萩原をベッドに寝かせたとき、
「じんぺ…く…」
寝言で誰かの名前を呼んだ。
どうやら、同棲中という彼氏の名前のようだ。
「だから、帰れと言ったのに」
はぁ…とまたため息を吐いて、仮眠スペースから立ち去ろうとした時、萩原がまた寝言をこぼす。
「じんぺく…ぎゅってして…」
その瞬間、何故だか分からないが、一つ言えるのは魔が差した。ということ。
俺は気付けば、眠る萩原を抱き起こしてぎゅ…と抱きしめていた。
「何やってるんだ…俺」
そう呟いた後、また萩原をベッドの上に寝かせようと身体を離した時、ふとさっき萩原が作ってきた弁当を思い出す。
誰かが作った料理を食べるのは、何年振りだっただろう。
オペが終わって、医局に萩原がいたとき、安心した気がした。
今度こそ帰っただろうと思っていると、俺の仕事を減らそうと残ってくれていた萩原を見て、心が痒くなった。
萩原が、藍沢先生と呼ぶと、なぜかすぐに返事をしたくなる。
そして、陣平くんなんて呼ばれると、なぜかムカムカする。
「何やってんだ…俺…」
さっきともう一度同じ言葉を繰り返した後、俺は眠る萩原の唇に自分の唇を重ねた。
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