第36章 疑惑の朝帰り
病院に戻る頃には当然、開院時間は終わっていて、従業員出入り口から薄暗くなった外来待合室を通り、医局へと向かった。
ガラ…と扉を開けると、医局の中には誰もおらず、ガランとしている。
どうやら、藍沢先生はオペからまだ戻っていないらしい。
「テキスト…あった!」
自分のデスクの上にお目当てのテキストを発見し、ホッと安堵しながらそのテキストを手に取ったその時
「おい」
「っきゃぁあぁっ!!」
突然後ろから声がして、わたしは驚きのあまり大声を出して飛び上がった。
見ると、オペを終えた様子の藍沢先生が医局に戻ってきたところで、大絶叫をあげたわたしを怪訝な顔して睨んだ。
「お前、どうしてまだいるんだ」
「あ…藍沢先生…
デスクにテキスト忘れて取りに来たんです…」
ほらこれ。と言うようにテキストを顔の前に持って来て見せると、疲れているのか藍沢先生はため息を吐きながら言う。
「そうか。なら早く帰れ。
当直の実習でもないのに、学生を深夜まで拘束していたら俺が怒られる」
「あの、藍沢先生、ご飯食べました?」
「…?」
「何も食べてないんじゃないかなと思って、簡単なもの詰めてきたんです。
召し上がりませんか?」
早く帰れ。という忠告は完全に無視のわたしは、バッグから保冷バッグに入ったお弁当を取り出して藍沢先生に差し出した。
よく考えれば、他人の手作り料理なんて嫌いそうな藍沢先生。
案の定、光の速さでお断りを入れてくる。
「…遠慮する」
「えっ…でも」
「別に、腹減ってないから」
ぐるるるるるる…
腹減ってない
そんな藍沢先生の言葉とは裏腹に、シンとした外科医局に盛大な腹の虫が藍沢先生から鳴り響いた。