第36章 疑惑の朝帰り
女には誰しも憧れの人がいるものなのか。と納得したのも束の間、目暮警部という名前を聞いて俺は思った。
藍沢先生と呼ばれていたあの男とビジュアルが全然ちがう…!
30代の凄腕イケメン医師と、40代の太ってるオッサン…
いや、俺は目暮警部は好きだぜ?
相当世話になってるし。
と、頭の中で勝手に藍沢医師と比べてしまった目暮警部に申し訳ないと思いつつも、ミコトの憧れの人が目暮警部ならこんなに悩まなかったんだろうなとも思う。
「聞いておいて無視するの?」
「え?あ、あぁ。目暮警部ね…」
「彼女に憧れの人でもいた?」
「っな!」
さすが警視庁捜査一課の女刑事…
鋭い観察眼をお持ちで…と、感心するのはもう何度目だろう。
図星を突かれて顔が引き攣る俺に、佐藤はふふんと笑いながら続けた。
「図星か。
まぁ、憧れの人なんて、所詮ただの憧れなんだから気にする必要ないんじゃない?」
「…嫌なんだよ」
「え?」
「あいつの目に他の男が映ってるのが、すげぇ嫌だ」
拗ねたようにそう言う俺。
惚気すぎたのか、佐藤は少し口を尖らせたように見えた。
けれど俺から続けて情けない悩みがこぼれた。
「それに、俺は医者じゃねえから。
あいつが今何に頑張ってて、何を悩んでるのか、全然助けてやれねえ。
それが、悔しいんだよ…ものすごく」
「…それは、向こうにも言えるんじゃない?」
「?」
「松田くんのことだって、刑事じゃない彼女には全部はわからないんじゃない?
…所詮、医者の気持ちは医者にしかわからない。
そして、刑事の気持ちは刑事にしかわからない。
…私は、そう思うけど」
「…正論だな」
そう。正論だ。
たしかにそうで間違いない。
けれど俺は、ミコトのことは全て知りたい。
ミコトが頼る相手はいつも俺がいい。
そう思ってしまって、仕方ねぇんだ…
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