第29章 この部屋で過ごす最後の夜 ☆
降谷さんはあまり動じず、ははっと笑いながら陣平くんの肩を叩いた。
「学生と同棲とは、やるな。松田」
「うるせーよ。
こうでもしねぇとロクに会えねえし。」
「なるほど?松田にとってミコトさんは何よりのパワーの源ってわけか」
「零…そんな恥ずかしいこと、真顔で言ってんじゃねえよ…」
そんなやり取りをしている時、陣平くんの電話が鳴った。
携帯を取り出して、着信画面に表示された名前を見て、陣平くんは顔を顰める。
「げ。佐藤美和子…」
その名前には聞き覚えがあった。
確か、あの不動産屋の帰りに陣平くんを呼び出した、陣平くんの教育係の刑事だ。
「お呼び出しか?」
「みてぇだな…
もっとゆっくりしてたかったけど、明日非番のぶん、今日働かねえとな。」
そう言うと陣平くんはポケットから無造作にタバコを出して、口に咥えた。
そして、ライターで火をつけてフッと上に煙を吐くと、
「じゃあな、お前ら。
また来年、ここで会おうぜ。
それまで死ぬんじゃねぇぞ」
そう言ったあと、今度はわたしの方を向いて、わたしの髪をわしゃわしゃと撫でながら笑う。
「じゃ、ミコト。
俺のアパートに先に帰っていてくれ。
今日は何がなんでも、日付が変わるまでには帰るからよ。
悪いけど荷物の片付け頼むわ」
「うん。気を付けてね?
頑張って!松田刑事」
「はいはい」
そして、陣平くんは佐藤さんからの電話を面倒くさそうに取りながら、足早にお寺を後にした。
また来年。
そう言った陣平くんは、きっとあの日も同じこと思っていたんだと思う。
あの、陣平くんが亡くなる年の11月7日の前日にも、同じことを。
まさか、お兄ちゃんを抜いたこの4人の中で自分が一番早く亡くなるなんて、思ってなかっただろう。
人の死は、突然やってくる。
さよならすらも言えない別れは、人の心に深い傷をつける。
また来年、陣平くんと一緒にこの場所に立てますように。
祈るようにそう願った。
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