第20章 兄が愛した人 ☆
お兄ちゃんの彼女が、あの時陣平くんのお墓の前で手を合わせていた、自分に見えた。
彼女の大きくて綺麗な瞳は、大切な人を、しかも愛した人を失って途方のない悲しみにいる人の色をしていた。
もしかしたら、わたしがタイムスリップしたようにこの人もお兄ちゃんが生きてる世界線に行けるんじゃ…
なんて、発想が単細胞だってこともわかってるけれど、居ても立っても居られなかった。
タクシーに乗り込んですぐ、行き先に松田家の墓がある寺を指定した。
わたしはあの寺のすぐ隣にあった不思議な神社の石段を登っている途中にタイムスリップした。
もしもこの世界線にもあの神社があれば、あの人にそれを伝えて、お兄ちゃんが生きてる世界線に行ってもらいたい。
そんな考えは、儚くも塵になった。
千福寺の隣に神社など無く、だだっ広い空き地が広がっていたのだ。
「…無い…」
そんなうまく行くわけない。
わかっていたはずなのに…
ぽつりと呟いて下を向くわたしに、陣平くんは苛立ったような戸惑ったような、複雑な顔をしながら言う。
「無いって何が?」
その問いに、わたしは思わず口を滑らしそうになった。
「わたしがタイムス……っ…なんでもない」
わたしがタイムスリップした不思議な神社
なんて話したら、頭がおかしくなったのか?と病院送りにされかねない。
「…なら、もう帰るぞ。」
陣平くんの言う 帰る が、元の世界線に帰る?だと無意識に捉えてしまい、わたしは血相を変えて陣平くんに聞き返した。
「帰るってどこに?!」
「…俺んちだろ?
腹減った。なんか美味いもん作ってくれよ」
当たり前のように、俺んちと言ってくれることにホッとした。
わたしは沈んだ気持ちのまま、陣平くんが差し出してくれた手を握った。
不思議な手だ。
触れるだけで全身を癒やしてくれる。
けれど、今ここにお兄ちゃんがいたらもっといいのに。
2度めの兄の死から1年が経ったのに、未だにふっきれていないのはわたしだけなのかもしれない。