第16章 ある夏のはじまり
夕方、講義が全部終わったわたしは、大学の前で陣平くんに電話をかけた。
「もしもし?陣平くん?」
「…おぅ」
電話に出た陣平くんはものすごく機嫌が悪いような気がした。
声がいつもの3倍低い。
「ど、どうしたの?」
「いや?お前今講義終わったのか?」
「うん。今日、一緒にご飯食べよって言ってたよね?」
「あー。わかった。
今から大学まで迎えに行くわ」
そう言い残し、陣平くんはぶっきらぼうに電話を切った。
どうしたんだろう…
仕事で何かあったのかな?
陣平くんはわたしにほとんど仕事の話をしない。
職務上のことを、他人にペラペラ話せないのは当然なんだけど、愚痴の一つも聞いたことはない。
無理してないといいんだけどな…
陣平くんのことを考えては、はぁ…とため息をついていると、後ろから声がした。
「萩原さん」
振り返るとそこにいたのは、この間わたしの彼氏とステージの上でキスをした、いや正確には無理やり陣平くんに唇を奪われた新出くんが立っていた。
「新出くん!」
「どうしたの?こんなところで1人で。
誰かと待ち合わせ?」
「あぁ、陣平くんと…」
そこまで言った瞬間、新出くんの顔がぎょっとひきつった。
プリンスと言われる彼のこんな顔、きっと誰も見たことない。
「その節は…どうも」
「いや、新出くんごめんね?
とばっちりというか…何というか…」
「ううん。むしろ悪いのは僕だから。」
「?どういう意味?」
あの日、新出くんはただサークルのメンバーの頼みであのコンテストに出て、陣平くんに無理矢理キスされたわけで、悪い要素なんて一つもないけど…