第8章 誕生日祝い
庭の桜がもう散り始めた。温かい日が続いている。朝目覚めて空を見上げると、青空の中を桜の花びらが泳いでいるように見える。それを眺めるのが好きだった。
私は朝稽古のため道場の戸を開けて換気した。いつも借りている木刀を手に取り、一度空を切る。ここ数日掌が痛むので今日は手に布を巻いた。杏寿郎さんには、手が軟かいから鍛錬が足りないと言われたけど、まめだって何度も出来ては潰れている。修行時代に流血してからあの痛みが怖くて事前に処置するようになった。
木刀を構えて呼吸を整える。練習しよう。炎の呼吸を。
壱ノ型の構えをとる。腰を低く落として両足の筋肉に酸素を巡らせる。
(コツは、とにかく心を燃やせ!)
心を燃やす…。強く床を蹴って刀を振った。移動の瞬間の足音は床が抜けそうなほど激しいが、杏寿郎さんのそれとは程遠い太刀筋だ。
よくわからない、心を燃やすということが。どちからといえば私の心は冷え切っている。氷のように。
「おはようございます姉上。」
千寿郎さんの声がした。道着を来て入ってくるところだった。まだ起きるには早いでしょうに。
「おはようございます、千寿郎さん。すみません、煩かったでしょうか。」
「いえ、俺も朝稽古をしようと思いまして。よろしければ手合わせ願えますか?」
千寿郎も自身の木刀を手に取りにしっかりと握って構えた。
いつもの優しいお顔が凛々しくなる。
「えぇ、もちろんです。よろしくお願いいたします。」
「はい、お願いいたします。」
千寿郎さんはやあ!と刀を大きく振り下ろしたので、片手に持ち替えた木刀で受け流した。
「動きが大きいので、もう少し刀を体から離さぬように。」
「はい!」
千寿郎さんはその後も激しく勢いよく打ち込んできたが、決着つけぬまま時間が過ぎるので、胴にこつんと木刀を当てて終了とした。千寿郎さんは呼吸を荒らげながら顔を赤くした。
「俺は隙だらけですね…恥ずかしい…。」
「千寿郎さんは無心で一生懸命に取り組めるところが、とても良いところだと私は思います。良き方へ伸ばしていきましょうね。」
「はい!!」
千寿郎さんの小さなお日様のような笑顔。なんと可愛らしい。本当の弟ではないけれど、私にはもう弟同然の存在だった。
木刀を片付けて私達は一緒に朝餉の準備をした。お父上様は変わらずお部屋で食事をとられているので、二人きりの食卓。