第13章 零からはじまる
祭りの日は良い思い出になった。
月城の浴衣姿はまだ忘れられない。あの柄を選んで良かったと思う。
あれからまたいつもの日々に戻った。連絡は取るものの、やはり彼女の手紙には千寿郎のことばかり書いてある。そういえば千寿郎から来た手紙には、先日頼んでおいた羽織が遅れて仕上がったとあった。代わりに引き取りに行ってくれたようだ。俺から渡せばまた時間がかかるから、家に寄った時に渡してもらうように頼んだ。
すると、案外すぐに月城からお礼の手紙がきた。家に頻繁に来てくれているらしいが、俺の時間が合わないのは残念だ。これでも、近くに居る時は例え数時間もなくとも帰るようにしたのだが。
「千寿郎、月城がよく来てくれるのだろう?元気そうか?」
ある日の朝。朝餉のあと居間で話していた。
「はい。つい先週も来てくれましたよ。またお土産をたくさんいただきました。」
今度の土産は外国の菓子が入った箱や、新しい本や、懐中時計だったそうだ。あの本の兎がもっていたからな。
俺はもう一月は彼女に会っていない。月城は手紙に自分のことをほとんど書かないから様子を千寿郎から聞くしかなかった。
土産物の菓子を一緒に食べながら、彼女の様子や、千寿郎の学校での出来事を聞いているときだった。
「ふわぁ〜おはようございます…!!っ!」
「っ!!」
欠伸混じりの気の抜けた挨拶が後ろから聞こえたので振り向いて驚いた。
月城が西洋の寝間着姿のままで立っているかと思えば、廊下で慌てて正座して頭を下げていた。
「いたのか!?」
「申し訳ございません!杏寿郎さん!お帰りだとは知らずに…」
「気づかなかったな、千寿郎もなぜ黙ってた?」
「?兄上は気づいてらっしゃるかと思ってました。」
まかさいると思わなかったので少し頭が追いつかない。
とりあえず…。
「まず月城は起きたなら着替えてきなさい。」
「はい!今すぐ!」
目にも止まらぬ速さで月城は部屋へ走っていった。そして着物に着替えてすぐ戻ってきた。
「お、おはようございます!杏寿郎さん、千寿郎さん。」
もう一度やり直したかったのか月城は居間の前で正座して深々と頭を下げていた。
「おはよう!」
「おはよございます姉上。朝餉を用意しますのでお待ち下さい。」