第7章 馴染みゆく彼女の存在は大きくて
天音
「右!」
結莉乃
「…っ!」
天音
「左!」
結莉乃
「えぇ!?」
天音
「真ン中!」
結莉乃の前に並んだ三つの丸太を天音の声に合わせて動き、木刀を振り下ろしていく。左右に振られ不意にくる真ん中への指示に結莉乃は息を切らしながらもついていく
天音
「おし、休憩するか」
結莉乃
「ひぃ…疲れたぁ…!」
ばたり、と結莉乃はその場に倒れる。額を濡らす汗や上下に忙しなく動く胸は彼女が稽古を頑張った証拠だ。寝転がった彼女の隣にやかんを持った天音が座る
天音
「大分、声に反応出来るようになってきたな」
結莉乃
「それは天音くんのおかげだね」
天音
「違ェよ。アンタの努力だ」
上体を起こした結莉乃に天音が水を注いだ湯呑みを渡す。お礼を述べて受け取った結莉乃は、その水を一気に飲み干す。
チリン、と風鈴の音が風と共に届けば結莉乃は口角を上げる。それから隣に居る天音をちらっと見てから小さく息を吐き出す
結莉乃
「何で天音くんは女の人みたいな名前だって思ったの?」
天音
「は?」
突然の問い掛けに天音は不思議そうに首を傾げた。
結莉乃は、この時代とはいえ“天音”という名前が女性らしい…と思うのは少ないように感じた。自分が攻略していないとはいえ知らない事が嫌にも思えた
結莉乃
「だって、綺麗な響きだとは思うけど…やっぱり女の人みたいだって私は思えなくて」
天音の様子を窺いながらも結莉乃は言葉を向ける。天音は昔を思い出したのか少し嫌そうな表情を浮かべたが、小さく息を吐き出した
天音
「オレの母親は元々、女が欲しかったンだ」
ぽつりと呟かれたその言葉を結莉乃は聞き逃さないようにした。そして、天音は少し躊躇いながらも言葉を続ける
天音
「女が生まれると信じて疑わなかった…だから、名前も一つしか考えていなかった。けど、産まれたのは男のオレだった。…男が産まれたら、アンタならどうする」
結莉乃
「え?それは、新しい名前を考える…かな」
結莉乃の答えに天音は、そうだよなとでも言うように小さく笑った