第8章 智くんのお父さん、の巻
(…まただ)
俺は晩酌の焼酎の入ったグラスをテーブルの上に置いた
「智くん?」
「……」
「智く〜ん!」
「……」
「こら、しゃとちっ!!」
「……え?」
左手の薬指に填められたプラチナリングを弄りながらぼんやりしていた智くんが、ハッとして俺の方を見た
「もう、またぼうっとして…」
「あぁ、ゴメンね…なに?」
「用がないと愛しの妻を呼んじゃいけないんですか?」
「ふふ、そんなコトないけど」
智くんはやっと何時もの可愛い笑顔をみせた
智くんのお父さんが亡くなって、もうすぐ一カ月が過ぎようとしていた
でも、智くんはお父さんから手紙を受け取って、お揃いの指輪を貰ってから、こうやってぼんやりしている事が多くなった
まあ、前から割とぼーっとしてる事の多い智くんではあったのだが、このところのぼんやり加減は半端がなかった
(流石に、シチューからこんにゃくが丸ごと出て来た時は焦ったもんな(苦笑))
そんなこと考えてる間も、智くんはまたぼーっと明後日の方を見て指輪を弄っている
(やっぱ、ショックだったんだなぁ…当たり前だよな)
智くんは、ずっと自分と母親を裏切った酷いヤツだと思っていた父親が、実は凄く良い人で
しかも、自分と母親の事をずっと想い続けていた事を知った
そして、やっと父と呼ぶ事の出来たその人は、それを聞き届けるのを待って居たかのように
その後すぐに亡くなってしまった