第8章 智くんのお父さん、の巻
「………ふぅ、やっぱダメだな」
僕はロクに進まない筆を下ろした
「………描ける訳ないのに…ホント、バカだな、僕」
僕は溜め息をついて絵筆を拭いた
今日はバイトが休みだったから、気晴らしのつもりでまた教授のアトリエで絵を描いていたんだけど
ちっとも描けない
これっぽちも集中出来ないんだから当たり前で、僕は描くのを諦めて画材を仕舞い始めた
「おや、今日は、終わりですか?」
「え?……あ、教授!お久しぶりです」
「何か、用事でも、あるんですか」
珍しく早く帰ってきた教授がアトリエに入って来て、描きかけの絵を覗いて言った
「いえ…あまり筆が進まないので、今日はもうお仕舞いにしようと思って…」
「そうですか…どうです?僕と、お茶に、付き合っていただけませんか?」
「ええ、いいですよ」
僕は急いで片付けを済ませると、教授と一緒にアトリエを出た
「どうです、最近は…なにか、また痩せた様に思いますが、ちゃんと、食べているんですか?」
「え?…あ、まぁ…」
そういえば、今日は何も食べてないや…
あれ?ちょっと待って?
昨日も…なんか食べたっけ?
何か食べたの何時が最後だっけ?なんて思っていたら、教授が何時ものゆっくりした優しい声で言った
「君は、悩み事があると、すぐに、食欲がなくなってしまいますからね…元々食が細いのに、困ったものです」