第8章 智くんのお父さん、の巻
「君には君の生活があるだろう…
…今更君に父親らしい事をしてやれるとは思わない…
…だが、せめて、私に残せるものを、君に受け取って欲しかったんだ」
「…結婚が条件だって聞きました」
「それか…
…それは、君に家督を継がせる事を了承する為に妻が出した条件だよ」
「…奥さんが?」
「アレも……可哀想な女だ」
その人は、また手で顔を覆った
「父親の言い付けで、好きでもない男と結婚させられて…
…長年浮気されて裏切られ続けて…挙句、たった一つの心の拠り所だった息子を亡くした…」
深い溜め息とともに顔を上げると、その人は僕を見た
「それでも、彼女は父親の家を守りたいのだよ…
…自分の代で、終わらせる訳にはいかないと…
…だから、君と自分の姪を結婚させて家を継がせたいのだよ」
「……もし、僕がイヤだって言ったら…家は…どうなるんですか?」
顔を強張らせて俯く僕に、その人が優しく声を掛けた
「君が気にする事ではないよ…嫌ならただ、断ってくれたらいい…
……私はね」
優しげなその人の声に顔を上げると、穏やかな微笑を浮かべて僕を見つめるその人と目があった
そして、ふっと笑って最後にその人が言った
「こんなバカげた口実を使って、最後に君の顔が見たかっただけなんだから…
……智くん」