第8章 智くんのお父さん、の巻
おじちゃん、つぎ、アレ乗りたいな
良いよ、智くんの好きなのに乗りなさい
小さい頃、一度だけ、母親以外の人と二人で遊園地に行った事がある
ねぇ、おじちゃん、アレ食べたいな
良いよ、何でも好きな物を食べなさい
その人は、僕の言う事を何でも“良いよ”って言ってきいてくれた
ねぇあのさ、おじちゃんって、何してるひと?
おじちゃんはね・・・お花屋さんだよ
お花屋さん?
そう、毎月智くんのお家にお花が届くだろう?
お母さんの好きな、しろいイイにおいのする、あのお花?
お母さんが体を壊して入院するまで、毎月自宅に届いていた大輪のカサブランカの花束
お母さんはそれを、とても楽しみにしていた
そうだよ、あれはね、おじちゃんからのプレゼントなんだよ
おじちゃんは、お母さんのコトがすきなの?
すきだよ、智くんと同じ様に、お母さんの事をとても愛してるよ
ふぅ〜ん…でもお母さんはね、ぼくのことが、一番だいじって、一番だいすきっていってたよ
そうだね…だから、おじちゃんはお花を贈るんだよ…君とお母さんが幸せに暮らせますようにって
その時の、悲しそうで、寂しそうなそのおじさんの顔を見て
僕は子供心に、この人は本当にお母さんのコトが好きなんだなぁって、思ったのを覚えている
母は幼い僕に、父親の事を話す事はなかった
少し大人になった僕は、父親の話しをわざわざ聞こうとは思わなかった
身重の母を捨てる様な男の話しなんて、聞きたくもなかった
母が入院した時も、亡くなった時だって、一度も顔を見せなかった人の話しなんて…
…でも
僕は会いたいなんてこれっぽっちも思わなかったけど、母の事を想ったら
やっぱり、亡くなる前に一目会いたかったんじゃないかって
最近になってそんな事を思う様になった
そんなこと考えてたら
僕は急に“お花屋さん”と名乗ったおじさんの事を思い出したのだ