第38章 忘却の彼方に…、の巻
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「え?そうなんですか?」
そうだったっけなぁと思って、ポケットから取り出した携帯電話の電源を入れる
でも、戸田さんの言った通りに壊れてしまっているのか、全く電源が入らない
「あ、本当だ……困ったな」
「宜しければ、私の携帯電話をお貸し致しましょうか?」
「あ、良いんですか?」
「ええ、どうぞ」
…よくよく考えれば
家の電話を使えば済む事なんだから
わざわざ二階へ上がって戸田さんの携帯電話を借りる必要なんか無かったのに
その時の僕は…その時と言うか、赤ちゃんが出来てからこっち、どうも判断力が鈍ってしまっていた僕は
そんな事には頭が回らなくて
二階部分の階段の踊場に立ち、ほくそ笑む戸田さんが差し出した携帯電話に引き寄せられる様に
螺旋階段を上ってしまった
「ありがとう御座います…………?」
螺旋階段の踊場の際に立って、僕の方へ携帯電話を差し出していた戸田さんが
僕がその携帯電話を取ろうと手を伸ばした瞬間、その手を引いてそれを背中に隠した
そして
階段を上りきる手前で立ち止まり、ポカンとした顔で戸田さんを見上げている僕に
恐ろしい笑みをその造り物みたいな綺麗な顔に浮かべながら言った
「………触るな、穢らわしい」
「………え?」
「触るなと言ったんだ
神を恐れぬ穢らわしい同性愛者め」
「…………」
普段の取り澄ました様な丁寧な口調とは打って変わった
恐ろしげな口調と低い声に
嫌な鳥肌がざわっと全身を覆う
そんな、怯える僕を見て
戸田さんが僕を蔑むように笑った
「神への冒涜を犯した挙げ句、腹に悪魔を巣くわせた罪人めが
この私が神に代わって、その腹に抱えた悪魔を地獄へ送り戻してやる」
(……何を……言ってる…の?)
そう問い掛けたくても、声が出ない
恐怖で、ガタガタと体が震え出す
早くこの場から離れなくてはと思うのに
脚が竦んで動けない
「薬でお前の腹の中の悪魔を始末してやろうとも思ったのだがな
穢らわしい同性愛者にも罰を与えてやらねばならないと思って、色々考えていたのだよ」
「………」
僕の赤ちゃんを『悪魔』と呼ぶ戸田さんの眼が
悪魔の如く怪しくギラリと光った気がした
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