第36章 奇跡の予兆、の巻
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「……ごめんね、智くん……
……本当に、ごめん………」
ただ単に、好奇の目に晒されるからだとか
モルモット扱いされるかも知れないからだとか
それだけの理由だったら、智くんの叶う筈が無かった夢の実現を
是が非でも、何が何でも叶えてあげたいって
どんな手を使ってでも、絶対に産ませてあげようって思っただろう
だけど
それが智くんの命と引き換えであるのだとしたらそれは…
誰よりも何よりも大切な愛しい君の命と
育つのかどうかも定かではない命を天秤にかけて
どちらを取るのかなんて
そんなの、考えるまでもなかった
例えそれが、智くんの叶うことが決して無かった筈の長年の夢を
それがもしかしたら叶うかも知れないと言う奇跡を諦めさせてしまう結果になるのだとしても
智くんの命を危険に晒す事なんか
俺には、出来ないから…
「………ごめん………ごめん、ね……
…………智くん…………」
垂れ続ける涙を拭いもせずに、何度も“ごめん”と繰り返して呟きながら
俺は、もそもそと智くんのベッドに潜り込んた
そして、その頼り無い、細い体をそっと抱き締めて
新しい命が宿っているのかも知れない智くんのお腹に
そっと手を添えた
「…………ごめんな」
俺は、最後に
ソコに居るかも知れない幻の我が子に向けてそう呟くと
智くんを腕に抱いたまま、目を閉じた
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