第36章 奇跡の予兆、の巻
「……じゃあ、万が一……そのまま、妊娠したままにしていたら……智くんの、命が危ないって言うのも……」
「それも本当の事です」
「……………」
「今日明日で結論を出せとは申しません
ただ、余り時間を掛けずに決断なさった方が、大野さんの為ですよ
……櫻井さん」
「………………解り、ました。」
返事をしながら、俯いた視界が涙でぼやける
先生は、そんな俺の落ち切った肩を軽く叩くと
今までとは打って変わって優しい口調で言った
「……何かありましたら、すぐに呼んで下さい
今夜は私も、病院に詰めておりますので」
「……はい……ありがとう、ございます」
俯いたままでお礼を言う俺の肩をもう一度軽く叩いて
「では、失礼致します」と言うと、先生は病室を出て行った
「………智くん、俺………智くんに、何がしてあげられるかな……」
ずっと、子供が欲しいなんて言っていた智くんが
どう言う運命の悪戯なのか解らないけれど
その有り得なかった夢が現実になるかも知れない奇跡を、その身に宿したって言うのに
…それを、早々に諦めなければならない現実を前にして
ただこうして項垂れて、その髪を撫でてあげる事くらいしか出来ない無力な自分を
心底情けなく思う
俺だって出来ることなら、智くんに赤ちゃんを産ませてあげたい
“怖い”と言いながらも、恐らくは切望しているであろうその願いを
叶えてあげたいって思う
…だけど…