第36章 奇跡の予兆、の巻
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「…………智くん…………可哀想に………」
男が妊娠するなんて
そりゃ、どう考えたって有り得ない事だったし
普通に考えたら、男の腹の中に出来たそれは、“異物”って事になるのかも知れないけど
「…………」
ぐったりと意識を失ってベッドに横たわる
愛しい愛しい、俺の智くん
俺は、その髪を優しく撫でながら呟いた
「………あんな言い方、しなくたって、良いのに………ね」
(そりゃさ、先生にだって先生なりの気遣いがあってああ言ったんだって
その言い分も解らなくはないけど…)
泣きながら意識のない智くんを抱き締めて、何故あんな言い方をするんだと詰め寄る俺に
智くんの主治医の高島先生は
気絶してしまった智くんを診た後、静かに告げた
…変な期待をさせるよりは、最初から現実を包み隠さずに告げた方が、本人の為だと…
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「考えてもみてください
仮に、このまま順調に妊娠が進んだとして、奇跡的に出産までこぎ着けたとしましょう
でも
そんな有り得ない状況で生まれた子供を、社会がすんなり受け入れてくれると思いますか?」
高島先生が、脈を取っていた智くんの手を、布団の中に仕舞いながら
静かな口調で言った
「…それは…」
「良いですか、櫻井さん
現実は、お伽話の様に甘いものでは無いのですよ?」
「………」
だとしても、もう少し言いようがあるだろうし
もしかしてそれを危惧して手術をと言ってるんじゃないかと言おうとしたものの
諭すような先生の語り口に、思わず言葉が詰まってしまう
そんな俺を見て、先生が更に言葉を重ねた
「酷い言い方だと言うのは百も承知の上で申し上げますが
このままの状態を継続させるのであれば
内々に処理する事は難しくなって来るでしょう
いずれ、大野さんが男性であるにも関わらず妊娠したと言う事実を、病院側に知らせなくてはならなくなる
仮にそれで、その事実を病院内だけに留めて置く事が出来たとしても、大野さんは確実にモルモット扱いされる事になるでしょう
何しろ前例のない医学の常識を覆す様な事例ですからな
根ほり葉ほり色々調べられて、病院から一歩も外へ出られない生活を余儀なくされるんですよ?」
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