第35章 夢のあとのその先(後編)、の巻
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「………………知ってます」
抱き締めた妻の細い体が
小さく震えている
「そうか………何時から知ってたんだ?」
「…………結婚する、前から」
細く、華奢な肩が
嗚咽を堪える様に窄められる
「そうか……智の事も、結婚する前から知ってたんだな?」
「…………知って…………ました」
何時も澄まして抑揚のない妻の声が
震えて掠れる
「そうか………知ってて、……それでも俺と……」
「…………ごめ……な……さぃ…………」
「何故謝るんだ?」
俺は、必死に嗚咽を堪えて泣く妻の背中を
赤子をあやす様にゆっくりと撫でた
「………だって、私………私が、貴方と、………あの、人を………」
「今は、それで良かったって思ってる
言ったろ?
……感謝してるって」
「でも……でも、貴方は……今でも、あの人を……」
「愛してるよ
多分
永遠にあいつを忘れる事なんか出来やしない」
「…………」
「だけど、お前も愛してる
お前と、さとしを
何よりも大切に思っているよ」
「……………貴方……………」
俺の腕の中で、妻が顔を上げる
上品で、整った顔が
涙に濡れて歪んでいる
ああ、可愛いな
単純に、そう思って
俺は、ゆっくりその涙に濡れた頬に口付けた
「………止めて下さい
雨が降りそうだわ」
「良いじゃないか、降ったって」
「良くありません
明日、さとしを連れて動物園へ行く約束をしたんです」
「俺は聞いてないぞ?」
「貴方は、お仕事でしょう」
「じゃあ次の休みの日に行こう
……一緒に、連れてってくれ」
「…………嫌です
それでもやっぱり、雨が降りそうだもの」
泣きながら笑う妻は
何時もの澄ました顔の妻とは別人の様に可愛らしくて
俺は
何故今まで彼女の、こんなに可愛らしい一面に気付かずに居たのだろうと
そんな後悔の念で、胸がまた痛んだ
「……そろそろ離して下さい
お夕飯の支度をしますから」
俺の腕の中で、居心地が悪そうに身を捩る妻
俺は、その体をしっかりと捕まえて抱き締めて
少し膨れて尖った小さな唇に
自分の唇を重ねた
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