第29章 悪夢の再来、の巻
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「……………よし、こんなもんかな?」
僕は手に持っていた絵筆を置いて、腕組みをすると
完成した絵をちょっと離れた位置から眺めた
「うん、いいな。……えっと……わ、いけない!もうこんな時間なの!?」
時計を見たら、もうとっくに6時を過ぎていた
翔くんは、夕食は要らないと言ったのだから、まだ帰ってはいないだろうけど
万が一早く帰って来ることもあるかも知れないから、一刻も早く帰らないとならない
(ギャラリーには行かない事にしてあるんだもんね…絶対翔くんより早く帰んなきゃ…)
僕は急いで帰る支度をすると、部屋のドアの鍵を開けた
─ガチャ
「……………え?」
鍵を開けると、触っていないドアノブがガチャリと音を立てて回った
呆然として見ている目の前で、ゆっくりとドアが開く
「…………今日はもう、お帰りですか?」
「……たか、はし……さん?」
開いたドアの向こうから高橋さんの取り繕った様な笑顔が現れて、思わず後退る
高橋さんはそんな僕をにこにこ笑って見ながら部屋に入ってドアを閉め
…鍵を閉めた
「いやぁ、随分熱心に描いてましたねぇ、今日はまた独り言が多くて……集中すると独り言が多くなるんだよねぇ」
「……なに……言ってる……の?」
「何って、大野さんの絵を描いている時の話しですよ
いやぁ、キャンパスに向かう姿は何時見ても美しいですなぁ
…公園で絵を描いて居た頃は、もっと痩せてて、精悍な感じだったけど…
今の、ふっくらした感じも、何だか“新妻”って感じでそそられますなぁ
……ああ、ずっと見ていたから電池が無くなって来ちゃいましたな」
高橋さんはにこにこ笑いながら1人でペラペラ喋ると
手に持っていたスマホの画面を見た
「……何、見てたの…?」
「ああ、コレですか?」
高橋さんは笑いながら僕にスマホの画面を見せた
ソコには、アトリエの中央に立ち、呆然と高橋さんの手の中のスマホを覗き込んでいる自分が映っていた
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