第3章 いい夫婦の日
〈コブラの場合〉
「エリック、起きてー。」
「…。」
朝食が出来たことを彼に知らせに行くも、彼からの返答はまるでない。彼と連れ添って早数年、彼が朝に弱いことは知っているが起こさなかったら起こさなかったで不機嫌になるのだ。
全く、困った人だと思う。それでも彼がいるのだろう布団の膨らみに声をかけるのは私の日課になっていた。
私が朝食を半分ほど食べ進めた頃に、彼はようやく姿を見せた。
「おはよ。コーヒー入ってるよー。」
「…ああ。」
これ以上ないくらいに眉間に皺を寄せているが、これは決して怒っているわけではない。他人から見れば硬直してしまいそうなほどに凄みのある顔でも、私にとっては最早子供が寝起きに不機嫌になるようにしか見えないのだから、慣れとは恐ろしいものだ。
人知れずそんなことを思っていると彼がこちらを見つめていた。
「…俺はガキじゃねェぞ。」
「フフ、そうね。ごめんなさい。」
人の思考を読むことに長けている彼と一緒に居て隠しきれるとも思わないから、さっさと謝っておく。彼の耳を羨ましいと思うが、彼は気味が悪いと言われた過去を持っているみたいであまり誇らしげではない。戦闘で役立つのはいいが、と以前零していた。
「終わったら持ってきてね。」
「あァ。」
先に食べ終えて食器を洗いに立ち上がる私に生返事を返して彼は新聞を読んでいる。そういえば、今日は仕事なのだろうか。
そう聞こうと思って振り返った矢先、彼が音もなく背後に立っていたことに酷く驚いた。つるりと手から滑り落ちそうになった食器を彼の大きな手が受け止める。
「…いい加減慣れろ。」
「ちょっとくらい音を立ててくれてもいいじゃない。」
「癖だ。」
「もう…。今日は仕事行くの?」
「…いや、行かねえ。」
「じゃあ、一日家に居られるのね。」
「あァ。」
ずし、と右肩に重さを感じる。彼がこうして仕事に行かない日は大抵甘やかして欲しい時なので、私も彼の好きなようにさせている。腰に回した手に力が入り、彼の額がぐっと圧力をかけてきた頃に洗い物は終わった。
濡れた手を拭いてくるりと彼の腕の中で反転し、硬質な髪に手を差し込んで髪を解く。
「エリック。」
「…ん。」
―すきだよ
心で呟いた言葉は彼に届いているはずだ。