第1章 8月の夜
何秒か、何十秒か時が止まった。ザザーと響く波の音だけが二人を支配していた。
「嘘…。」
「嘘じゃねぇ。」
「嫌だよ…ずっと仲良くして来たじゃん!最近の万次郎おかしいよ…ドラケンとか三ツ谷達にまで手出して…どうしちゃったの?」
「はぁ?知ってて付いてきたのか?バカかオマエは。」
「皆には止められた…でも、万次郎の事信じてるから付いてきたんだよ。」
「…俺はずっとおかしいじゃねーか、身勝手にオマエを呼び出して好きなように抱いたり…嫌だろ、んな事ずっとされて。これからも続くんだぞ?」
「私は万次郎の為に生きるって決めてるって言ってるでしょ?今私が居るのも万次郎のおかげなんだよ?」
「あの時の義理ならもう十分果たしてくれたよ。さくらにはもっと真っ当な男が似合ってる。」
「真っ当ってなに?」
「高校出て、大学出て、会社に勤めて…結婚式挙げて、ガキ出来て…幸せな家庭作ってくれる男だよ。だからもう俺に縛られるな。」
「万次郎とだってそんな家庭作れるよ、やめてよ!」
「作れる訳ねぇだろ、こんなクズみてぇな生き方しか出来ねー俺が。」
「やめて、それ以上言わないで…。」
「俺だって…、」
オレは言いかけた言葉を飲み込み、代わりに最低な言葉を吐き出した。
「他に女が出来た。」
「嘘。そんな筈ない。」
「その女が妊娠した。もうオマエといる義理が無ぇ。」
「やめてったら…もう…やめてよぉ…!」
ボロボロと涙を流し手首で涙を拭っている。
その姿を見て心がギュッと締め付けられた。
見ていられなかったが、俺は冷めた目でその姿を見下ろした。