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cry with happiness ※完結

第1章 8月の夜



「いつもみたいに笑ってよ…嘘って言ってよ…。」

「……………。」

「ねぇってば、万次郎…っ!」

「うっせぇな!!もう放っといてくれよ!!」

バチン!鈍い音が響いた、その音はすぐに波音に攫われていった。俺は彼女の頬を叩いていた。
『女に手ぇ出すワケねーじゃん』
かつて自分自身が放ったそんな言葉さえも裏切って、最愛の女に手を上げた。
何を言っても肯定する彼女に嫌われるにはこうするしか無かった。
結局俺はまた暴力に頼った。
彼女は赤くなった右頬を押さえ、有り得ないといった表情で俺を見上げていた。

「万…次郎?」

「オマエとはここでお別れだ。三年間ありがとな。送らねぇからこれで家まで帰れ。」

千円札数枚を呆然と立ち尽くす彼女の鞄に無理矢理押し込むと、俺は踵を返しバブを駐輪した方向へ向かった。


「ねぇ!待ってるから…あの日の約束通り8月20日、何年経ってもここで!」

「…っ、そんな約束知らねーよ。」

「………万次郎が忘れても、私は忘れないよ!」

無言で振り向くと、笑顔の彼女が涙を流しながら立っていた。
何故だかツンと鼻の奥が痛くなる。気の所為だと思い込み、オレはエンジンをかけた。
最大限に力を抜いてビンタした痛むはずもない手が、アクセルスロットルを回すと酷く痛んだ。
三年間、背中にピッタリと寄り添ってくれた温もりは、もう無い。
夏のぬるい海風だけがすり抜けて行った。




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