第5章 不完全で不器用な
その日からしばらく、彼女のトラウマに向き合う日々が続いた。
眠る前はやはり怖がっているが、毎朝俺が隣にいる事、常に一緒に過ごす事で少しずつ不安を解消していっているのかも知れない。
明日で彼女の父が出張から帰宅して来るという晩、いつものように彼女は入浴しに行った。
彼女の父とは毎日その日の様子の連絡を取り合っており、徐々に怯えてる様子が少なくなったが、今後もしばらくお互いの家を行き来した方が良いのではないかと考え、明日からも俺の家でまたしばらく寝泊まりする許可を貰った。
しかしながら、今日は一段と出てくるのが遅い。
またもや嫌な予感がして、浴室の前に立った。
耳を澄ますと、シャワーの音と共に泣き声と何か喋っている声が聞こえた。俺はその言葉に目を丸くして驚いた。
「汚い、汚い…汚い!何回洗っても取れないよ…っ」
「……さくら…」
浴室のドアを軽くノックする。
「さくら…入るぞ?」
「万次郎っ、ダメ!今身体洗ってるから!」
俺は一瞬躊躇ったが、浴室へ服のまま入っていった。服が濡れるのも構わずそのまま後ろからそっと抱き締めた。
「やめて、触らないで!私の身体汚いから!!万次郎に貰ったこの命なのに、他人にレイプ…されたら万次郎に触られる資格なんてないよ」
「汚くねぇ」
「汚い、汚い…!」
「さくら落ち着いて…オマエは俺のなんだろ?」
震えながら彼女はこくっと頷いた。
「じゃあ、俺が汚くねぇって言ったら汚くねぇんだよ。俺はどんなオマエも受け入れるし、好きだよ」
「万次郎…」
「いや…好きじゃねぇな」
「えっ…?」
「結婚するって言ったろ。それって相手の全てを受け容れるって事じゃねぇの?オマエが堕ちかけた俺を受け容れて叱ってくれたようにな」
「うんっ…」
「さくら、綺麗だよ」
「まんじろ…!」
彼女を俺の方に向かせると、再度優しく抱き締めた。
彼女も俺にしがみついてくる。震えた身体は徐々に収まっていった。
濡れた髪の毛を伝って服が濡れていく。
それは彼女が今まで流して来た涙の分だと思って黙って立ち続けた。