第5章 不完全で不器用な
「ごめん万次郎、先に寝て。」
「どうした?」
「いいから。」
そう言って俺の方を向くと、寝間着に掴まって丸くなってしまった。
「怖いの…また、起きたら万次郎が居なくなってたらどうしようって。だから寝ないで起きてる。」
「さくら…。居なくならねぇよ?」
「この前だってそう言って居なくなった!!」
大声で声を荒らげて、呼吸を激しくしながら涙をボロボロ流している。
「悪かったよ、離れにくくなると思って先に出たんだ。」
「もう勝手に居なくならないって約束して。」
「あぁ、するよ。見ろよコレ。」
俺は左手の薬指を見せた。手入れはしていたがシルバーリングは黒く渋さを増していた。
「さくらに別れるって言っちまった後もずっと着けてた。着けてたらまた会えると思って。」
「………。」
「これ着けてたら、どこにも行かねぇんだろ?そう言ってオマエがくれたんじゃねーか。だからまた会えた。」
「うん…。」
「もう全部終わったんだ。俺がトラウマにちゃんと向き合うから、いつかまたあの顔で笑ってくれ。」
「分かんないよ…私ってどんな顔して笑ってた…?どうやってあの頃みたいに笑えば良いの?教えてよ、万次郎…!」
「さくら、ゆっくり行こう。俺はずっと傍にいる。オマエが良いって言うまで触れないし、怖がる事もしたくない。今度は俺がじいちゃんになってもその時を待つから。心配いらねぇよ、な?」
「うんっ…、ありがとう…。」
彼女はひとしきり泣くと、やがて涙の跡を付けながら俺の服の裾を掴んだまま眠ってしまった。
触れないと約束した為にその涙の跡を拭ってやる事も出来ない俺は無力感に打ちひしがれ、やがて眠りについた。