第2章 恋焦がれた
携帯を見ると日付けは8月20日を回った所だった。
俺はバブに跨ると、クラッチレバーを握り藁にもすがる思いであの場所へと向かった。
海岸へ着き目を凝らしてぐるりと辺りを見回して見たが、人影は無かった。有るのは果てが見えない、引きずり込まれそうな暗い海だけだった。
抱いていた淡い期待が打ち砕かれる。
「は、何してんだ俺…。」
そうだ、居る訳が無い。手を上げて置き去りにした挙句、随分酷い事を言ってしまったのだから。
あの時の『待ってるから』という言葉を勝手に信じて勝手に裏切られた気になって、本当に都合のいいクソ野郎だと心の中で自分を罵った。
「もう全部終わりにしてぇ…。いいよな、さくら…。」
俺は独り言を呟き、バイカーブーツのまま海に脚を入れ沖の方へ進んで行った。
彼女が居なくなってから、余計に黒々とした衝動は加速していき、自分では制御出来ない所まで来てしまった。
きっと次の抗争では人を殺してしまうだろう。直感でそれを感じ取っていた。
そうなる前に、殺人鬼に堕ちて行く前に、叱って欲しくて。止めて欲しくて。またあの笑顔で大丈夫だよって受け容れて欲しくてここに来たのだ。
それが叶わないのであれば、彼女が好いてくれていた自分のままで死にたかった。
「最期に、オマエに会いたかったな…。は、夏の海でも夜は冷てぇのな。」
涙すら流れない。本当に感情を捨ててしまったようだ。
波音だけが耳を流れて行く。思い出すのは家族、東京卍會の皆と、底抜けに明るい向日葵のような彼女の笑顔だった。
月の光が水面に映し出され、幻想的だ。
それはいつか「綺麗だね」と笑って体を寄せ合い、一緒に見上げた月のようだった。
「さくら…死んだら、思いっきり叱ってくれよな…。」
突然、後ろから水面を蹴る水音がしたと思えば、身体を抱き締められた。
この感覚は忘れもしない、いつもバブに乗った時に俺にしがみついてくる彼女の身体だ。