第1章 ある徒人の日記
その方は一通りの安全確認ををすると、私が自分の足で立つのを見てその身を離しました。
「不注意だったようです、すまない」
「い、いえ…私こそ他所ごとを考えておりまして、ご迷惑を…」
先ほどより一段穏やかな声でおっしゃられ、私も恐縮してしまいました。
(考え事をしていたのはこちらなのに、親切な方)
身なりを整えたのち、改めてその方に目を向けるとその力強い瞳はどこか別のところを見つめておりました。
どこか炎を思わせる明るい髪に、詰襟の制服、羽織、そしてしっかりとした体つき…
(い、嫌だわ、私ったらはしたない…)
きっと何かのお勤めの方ね、と小さく咳払いをして気持ちを落ち着かせていると、少し遠くから、少年の声が聞こえました。
「煉獄さーん!!!」
「おお。竈門少年、来たな!」
少年が探していたのは目の前の方だったようで、その後も何事か言葉を交わしながら、豪快に、快活そうに笑っておりました。
そう思っていると、ふとこちらに目を向けて、少し笑んだまま口を開きました。
「改めて、申し訳なかった。我々はこれで…お気をつけてゆかれよ、お嬢さん」
「ありがとうございます」
そう言うと、少年と一緒に歩き始めました。何やら楽しそうにやり取りを交わしながら、一度も振り返ることなく人の中に見えなくなっていきました。
「れんごくさん……」
私は先ほど聞いたお名前を小さく、口の中でくり返し、なぜかあたたかくなる頬をパタパタとあおぎながら、友人宅へ向かうため、歩みを再開させました。