第1章 ワンライまとめ
水を打ったように静まり返る。そっと卵焼きを見下ろすと、ぼてっとした黄緑色の太い物体がうごめいている。そう、芋虫だ。
「うわあああ!!卵焼きが……卵焼きが……っ!」
全身が粟立った。芋虫は棘が生えているように体がでこぼこしている。頭は赤い。今すぐに芋虫をどかすべきだ。しかし触りたくない。どうする?どうする?と取り乱すばかりで何もできていない。
とりあえずギルベルト様を3度見した。ギルベルト様は口角を下げ、目に冷たい色を浮かべている。まずい。不機嫌だ。木陰にいるのもあって寒くなってきた。
「許せないな。」
「おおお落ち着いてください。割り箸でどかして卵焼きの表面を削れば解決――」
言い切る前にギルベルト様は手袋をした手で芋虫を掴んだ。悲鳴をあげそうになった口を押える。うねうねとうねる芋虫を見つめながらギルベルト様はすくっと立ち上がり、川岸に向かう。慌てて後を追いかけると、ギルベルト様は川に芋虫を投げ捨てた。ぽちゃんと音が立つ。
「ああ……」
川を覗き込んでも、もう芋虫はいなかった。芋虫が流された方で魚が飛び跳ねる。冷たい風がサーッと吹き抜けた。
「何、芋虫にまで情けをかけるつもり?芋虫だよ?」
チラッとギルベルト様を見る。もういつもの笑顔だ。私の顔は引きつっているが。
「さ、お花見の続きをしよっか。」
ギルベルト様はぐいぐいと私の手を引き、川が遠ざかっていく。
さようなら芋虫さん……
心の中で手を合わせた。