第15章 愛した女の笑顔(シュヴァリエ)
日が沈みかけた夕方。バサリ、と音を立ててテントに入った。中は汗の臭いと湿気でとても快適とは言えない。流れ出る汗を適当に拭い、水筒の水を喉に流し込んだ。汗を拭いたリネンをかばんのなかに押し込む。テントの外からは無数の足音と甲冑の金属音が聞こえている。
再びバサリと音がした。
「シュヴァ、もう帰るのか?まだ演習が終わって5分も経っていないだろう。汗くらい拭いても……拭いてるな。ははっ、お前の惚れ込み具合は今日も大陸一だな。お前の帰りを待ちわびてるベルはさぞかし喜ぶだろう。あんなにいい婚約者は他にはそうそういない。俺が背中を押したとはいえ、なぜお前を選んだのか俺には疑問で仕方ないんだが――」
かばんにシャツと水筒も詰め込んだ。さっさと城に帰って、ベルから俺が演習に出ていた一週間分の話を聞くのが楽しみだ。
クラヴィスが簡易的な机に置いていた本を手に取る。
「お、やはり今回も遠征に本を持って来ていたな。タイトルはなになに……『竜と少女』か。お前が人外ものとは。ベルにおすすめでもされたのか?」
クラヴィスの手から本を奪い返し、それもかばんの隙間に詰めた。
「少しくらい内容の話をしてくれてもいいだろう?」
「時間が惜しいのでな。」
これだからこいつは……などと今日も俺の文句を俺の前でぶつくさと言っているが、無視だ。
「貴様らは予定通り明後日帰ってこい。」
テントの幕をめくって馬に乗った。
笑顔で出迎える婚約者の顔が浮かぶ。ベルのことだ。特別なことはなくとも、何か話題を用意しているに違いない。
忠実な俺の馬は俺の意思を理解しているようだ。命令せずとも城へ全速力で駆け出した。