満月の夜に【鬼滅の刃 煉獄杏寿郎 宇髄天元 R18】
第34章 くらし、始まる※《宇髄天元》
胡蝶しのぶは波奈にとって命の恩人でもあって、師でもあった。カナヲみたいに鬼殺隊の才は全くなかったが、医療知識と技術だけは身についた。
家族を亡くした天涯孤独の子どもにとって、家族と呼んでもいいものかと疑念だったが、胡蝶しのぶやカナヲ、蝶屋敷で住んでいる女の子たちは、波奈にとっては大切な家族だった。
もう誰一人と失いたくはなかった。それなのに。
だんだんと痩せていくしのぶが、一体何を考え、何をしているのか、一緒に暮らしていれば理解するのに時間はあまりかからなかった。
藤の花を高濃度に抽出し、それをしのぶが自身の体内に入れているとわかったとき、波奈は泣いて止めた。
それでももう決めたことだと淡々と話すしのぶの前で、波奈は泣き崩れた。
命たちが、目の前でぼろぼろと崩れ落ちていく。
平和な世にはなったけれど、波奈の中は未だに傷は癒えない。
自分がもっと強い力を持っていたなら。もっと…もっと…
そう考えると、深い海の底へと沈んでいくようだった。
「…気づいていたのに…しのぶさん…っわたしのせいで…」
「お前のせいでもねーよ。胡蝶が決めたことだ。おまえがどうこうしたところで結果は変わんねーよ」
「でも…っし、しのぶさあん…っ」
幸せになって、なんて言わないでください。
わたしはあなたと、ずっと一緒に暮らして、幸せになりたかった。
慰めるように、波奈の肩を抱く宇髄の手は大きくて暖かい。なんて安心してしまうんだろう。
凍りついたものがゆっくりと解けていくようだった。
「泣きたきゃ泣け。どーせお前のことだから、ずっと我慢してたんだろ」
背中に手を回されて、ポスンと宇髄の大きな胸板に入る。
しのぶさん。しのぶさん。
そう叫びながら、波奈は宇髄の胸に顔を埋めた。
この日波奈は、ようやく初めて、しのぶを想って泣くことができた。