第14章 傷痕
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バスルームは、流しっぱなしのシャワーの湯気で霧がかかったみたいだ
僕はバスタブにしゃがみ込んでぼーっと潤 くんの事を考えてた
(…いつからかな)
いつも傍にいるのに
いつも愛してるって言ってくれるのに
寂しくて…彼が…遠く思えて…
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僕はバスタブに浸かって、すっかりふやけてしまった指をみていた
その指で脇腹の傷跡をなぞる
だいぶ薄くなったけど、多分消える事は無いだろう
(…怖いんだ)
自分の所為で
彼が他人を傷つけてしまうかもしれない事が
自分の所為で
彼が壊れてしまうかもしれない事が
…怖くて…
僕が黙って傍に居る事が潤 くんの望みなら、僕はそれでもいいと思ってた
苦しい位に愛して、僕を求めてくれる彼に報いる只一つの方法だって
それが僕の、彼への愛の形なんだって
…思ってたから
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(……でも……こんなの、愛じゃないね)
だって、僕は知ってしまった
潤 くん知ってる?
愛するって暖かいの
愛するって嬉しいの
どうすればいい?
…僕…翔くんと居たいんだ
潤 くんに絡め捕られた躰を抜けて
僕の心は、翔くんの元へ行ってしまった
(…もう、戻れないんだ…)
翔くんを愛してるって気付いてしまったから
人を愛するって、こんなに幸せだったんだって
知ってしまったから…
(…潤 くんごめん……僕は……)
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「…翔くん」
(翔くん…僕にチカラを…どうか、全てを伝えるチカラを…)
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濡れた身体をタオルに包んで、僕は携帯電話を手に取った
短縮の、一番最初のボタンに登録された文字
“潤 くん”
僕は大きく息を吐いて、通話のボタンを押した
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