第1章 終わりと始まり
満身創痍。
その言葉がぴったりと言える程もう身体はボロボロだった。それでも心が折れなかったのは、目の前にいる鬼が自分が長い間探し求めていた仇の相手だったから。
「しつこい鬼狩りだな!さっさと死ね!」
何度も日輪刀を振り続けた腕は思った通りに動かなくなってきたし、手のひらだってきっと血塗れ。脚だって鉛みたいに重い。でも。それでも。目の前の鬼の首だけは意地でも切りたかった。
「‥っあんただけは‥絶対に‥死んでも‥逃がさないっ!」
———————————
私は山の麓にある小さな村の生まれだった。病弱だけどひだまりのように明るくて優しい母と、不器用だけど真面目でとにかく家族想いな父と幸せに暮らしていた。けれどそんな幸せも、私が齢9歳を迎える頃に終わりを告げた。
ゴホッ‥ゴホ‥!
「お母さん。大丈夫?今お薬を持ってくるから待っててね」
母の痩せ細った背中を咳が落ち着くようにと想いを込めながらトントンと叩き、咳が少し落ち着いたのを見計らい別室へ薬を取りに向かおうと腰を上げた。
「薬は良いわ。‥ナオ、これから大切な話をするからよく聞いて」
そう言って私の腕を優しく掴む母に、そんな話出来れば聞きたくないなんて思いながらも身体を元に戻した。
「‥お母さんの身体ね、もう良くならないみたいなの」
そんなの毎日見てるからわかってる。
涙と一緒にそんな言葉が喉から出てきそうになるのをじっと堪えた。わかっているけど、それでも希望は捨てたくなかったのかもしれない。
「‥そんなこと言わないでよ。私お母さんがいなくなっちゃうなんて考えられない」
涙は我慢できても、声の震えは抑えることができなかった。そんな私に向かって母は穏やかな笑顔を浮かべ、まるで自分がもうすぐ死ぬなんてなんでもないことかのように言った。
「大丈夫。お母さんの身体は無くなっちゃうけど、心は‥いつだって、どこにいたって必ずあなたの側に居る」
ふわりと抱きしめられ、耐えていたはずの涙はダムが決壊したかのようにボロボロとこぼれ落ちた。
「‥っお母さん‥‥」
世界で1番大好きな母に縋り付いて泣いた。